『悪人』

ユッタイクワッタイ

2010年12月02日 07:09



映画の日に、
『悪人』をみてきた



昔、オウムの事件をニュースでみた時
もしかしたら、私が実行犯になってたかもなぁ
って思った

一番ツラい時、
自分を見失う事のコワさ 大事なモノや…事に気づき、重んじ、でも堂々と大事に出来なくなることのツラさ
を、日々痛感していた
精神状況がギリギリの中で、遠くの一筋の光だけ、信じていく
その光さえ、見えなくなる
そんな時、他人に温かくされたら
それがオウムの信者やったら、私はもしかするとオウムの信者になっていたかもしれないんやなぁ
とか


色んな事件があって、
でも
その知られざる背景や犯人になった人の生きてきた歴史を思うと
すごく複雑な心境になる時がある


人を殺せば、当然…それに直接関わった人が"殺人犯"になる
…うん、殺したらあかん

けど
例えば、その人の生きてきた人生を知る時、誰が"悪人"なのか

更には…誰が加害者で被害者なのか
殺さずに頑張って
…例えばそんなん言えるのか

と言うか

私はたまたま、そういう状況にならなかっただけ
恵まれていて、そういう精神状況に追い込まれるまでに至らなかっただけ
なんやって思う

たまたま、犯人にならずにこられた
と言うか

今ある、繰り返される穏やかな日常や
しあわせやって思える、過去も今も全部ひっくるめて
私は本当にしあわせ者なんや
ありがたい
だから、私はフツーに生きていけている
フツーであることの、しあわせ


人を殺したいって思ったことは無いけど
でも、色んな事がおきて…精神的に追い込まれたり
誰も信じられなくなったり
絶対許せない って思うような事が
起きたら
…そんな状況になったら 私はどうなるんやろう

そんなん分からん

と、思ったのでござる


寂しかったり
悔しかったり
苦しかったり
わからなくなったり

いつもたくさんの人に支えられて守られてるなぁって思うけど


いいことばかりやないのも当たり前やもん

でも、絶対殺してはいけないんやけど






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